シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

風になるなら

昨日は

泣き明かした

 

泣きながら

 

ブログを書いた

 

これで

おしまい

ブログも

 

わたしも…?

少しだけ投げやりに

 

 

突然

 

むなしくなって

 

かなしくなって

 

生きている意味なんてない

 

わたしのしてきたこと

していること

 

人を

家族を

 

不幸にしているだけ

迷惑をかけているだけ

 

でも

 

みんなが

 

あなたが

 

読んでくださっている

あなたも

 

困難にある人たち

不眠不休の医療者の皆さんや

苦しい人たち

 

すべて

 

お元気に

 

ふたたび

平和がきますように…

 

心底思って

 

つらいのは

わたしだけじゃない

って思って

 

弱さが

悔しくて

 

また

泣けて

 

今日は

 

泣きながら

大量の

最後の段ボールを解体して

きちんと紐でまとめた

あと段ボールは出ない

わたしはお買い物しないから

 

 

 

もう

もの捨ては止める

 

ここは

姉上様のお家

姉上様の持ち物を捨てているから

 

ママの介護のため居間を使い

捨ててしまった巨大なソファーのセット

 

家族三人で

パパママ姉上様の

三人で選んだ

大切なソファーだったから

ショックだったそうだ

メールがあった

 

申し訳ないことした

もう擦りきれて色も変わってたし

 

置場所もなかったの…

パパの部屋に移してくれたらよかったのに

ってあったけど

 

パパの部屋には

ママのオムツの大きな段ボールが常時3箱あって

介護で大量に使うティッシュペーパー

トイレットペーパーの買い置きを

空き段ボールに大量にストックしておき

 

ママのオムツ交換で出たゴミを

何重にも密閉して

次のゴミの日まで

空き段ボールに隔離して

部屋の隅に置いていた

 

ママのクーリングに使う氷枕のため

冷凍庫も置いて

 

使わなくなった家中の扇風機も置いて

居間で使っているテーブルも置いて

 

毎日大量の洗濯物も干していた

 

相談せず

ちゃんと説明もしなかった

わたしがいけない

けれど

 

いまだ…

 

捨ててしまったんだよ

もう

これからは

捨てない…

 

 

 

ママの葬儀に

お葬式に

お寺まで行ってから

弟の会話で

 

出られる精神ではなくなって

あれから

 

誰にも会いたくない

自分が

生きているのかどうかさえ

 

わからず

 

とにかく

必死に

生きて

 

ママの供養と

つらいけど

ママのもの捨てをやっていた

 

コロナウイルスパンデミック

姉上様が引き続きお家に来れないのも

いつものように電話もメールも来ないのも

 

救いだった…

泣いていたから

 

 

日本中の

住み込み可能の仕事を探していたら

ハローワークもerror

 

見れなくなって

 

姉上様からメールが来て

 

 

何が

いちばん

つらいか

 

かなしいか

 

わからないけど

泣いた

 

泣いて

泣いて…

 

そうして

 

昨日の記事を限りに

ブログを

おしまいにしよう

 

泣きながら書いた

 

ブログを読んで

安否確認しているんだろうから

 

わたしが姉上様のものも捨てているのを読んで 

ソファーの話になったのだろう

 

家族三人…

 

 

わたしは

もう

本当にひとりだなあ

と思った

 

いや

 

わかっていたけど…

 

迷惑かけて生きることの

いたたまれない気持ち

居場所がない…

 

ママについての後悔も語られて

 

施設選びを失敗した

 

まだ

生きていたはずだ

 

死んだ

 

ママは

もう

死んでしまった

 

目の前で死んだ

わたしの

 

かろうじて間に合ったよ…

でも

死にたくなるくらい

 

後悔した

わたし

 

病院に

入れたこと…

 

 

 

後悔なんて

 

絶望なんて

死にたくなるなんて

 

愚かだ

わたしは本当に

 

ママが

動けなくても

食べられなくても

生きて

 

あたたかく

 

そばにいることだけで

 

しあわせだった

それだけで

もういい

 

その気持ちだけで

 

 

泣いているうちに

 

平和がくることを

祈っていた…

 

3・11  

9・11 そして

コロナウイルス感染拡大も

 

命を

聞いて見ている

 

過剰な情報

繰り返されるニュースは

いらない

 

わたしは最小限で

じっと

祈っていたけど

 

いまも

お世話になった先生方や皆さん

心配でたまらないし

 

世界中で

困難な人々はさらに苦しんでいる

死んでいるのだ…と

 

祈ることしかできなくなった

気持ちが

弱っていった

 

20日のお葬式も出られなかった 

あれから

よく眠っていない…

まだ居間で眠っていて

 

不幸を自ら招いたのに

もう弟にも

会いたくない

 

 

弱いということ

いちばん

つらい

 

 

孤独が深まるばかりの気がして

ブログ

止めよう

って

 

書いて

生きてこれた

 

ブログで

また詩も短歌も

書けた

 

 

生きている

生きてゆきます

 

伝えたかった…

 

それだけ

 

 

死んだら

風になる

というなら

 

もう

こうでなくてはという

must を止めよう

姉上様には申し訳ないけど

 

もう少しだけ

 

泣かせてもらう

 

ママのこと

思って

泣くけど

 

もう

後悔ではなくて

とにかく

 

さみしいだけ

 

もう少しだけ

かなしみと向き合っても

いいよね

ママ

 

 

無理して頑張っていた

ひとりなのに

 

ひとりだから

 

 

猫がほしい

シーちゃん😿

 

でも

我慢

 

 

しろ

という茶トラの子を見つけたけど

いつ

どうなるかわからない

どこにゆくか

 

風になるのか…

 

 

また

短歌を書こう

詩は

書いているけれど

 

わたしの詩は自分でも

恐ろしくなるから…

 

 

自分を

 

解放して

姉上様には申し訳ないんだけど

 

行き当たりばったりに

片付けやら

 

ママの

もの捨てやら

短歌やら…

 

閃輝暗点起きて…

 

 

自分を

自分で苦しめてました

 

 

ありがとう

 

あなたが

ゆっくり

眠れるように

わたしも…

 

祈って

 

 

ありがとう

 

おやすみなさい