親のいない世界に生きる
ということの
さみしさ
頼りなさを
本当に知るのは
おそらく
まだまだ
これから…
いまは
一周忌に向けて
とにかくお家を片付け終わる
とにかく
どんなに
こころが揺れてても
おだやかに
生きる
そんな思いで
一日一日生きている
神仏を
特定の宗派をもって信じているのか?
と言えば
そんなこともなく
その教えに沿って
わたしなりにゆきついた
信心と
供養
親のいのちの終わりが
医療によって暴かれ
現実となり
生きてゆくことが
苦しくて
死に向かう両親を目の前にして
立ちすくみ
怖じ気づいて
逃げ出したりもした…
けれど
最後の見送りを終えた
終わったら…
出家を
という願いがあった
出家を甘く考えていたってことが
宗派は違うけれど
あるお寺の庵主さまのブログで知り
わたしには能力も
資質もすべて不足していて
到底
選んでもらえるものでもなく
望むべくもない
妄想のような高望みである
と
十分に理解した…
尼僧の世界も高齢化が深刻な様子で
介護要員?としての猛烈アピールで!
こすい手を駆使して
潜り込む??にしたって…
もっともっと若く健康で
もっともっと野望と希望に満ちた人物
が
これからの仏教界に相応しい…
って…
こころから理解する
勉強も少しはしたし
仏教界宗教界の現在
そして未来も
ほんの少し覗いて考えた
釈迦牟尼をおもうと
親を思う
親の
理想の姿である
と思う
そういう仏さまに
見守っていただいて
一生懸命に
精一杯
生きてゆけば
片付けが終わった
このお家が
貧しく小さな庵となって
おだやかに
みちたりて
いのちを
魂をおかえしするところへと
たどりつくことができるのではないか…
と
親は
最後の
最期の姿が
本当の姿なのではないか…
と教えられた
何一つできなくなっても
何一つ伝わらない
伝えられない
のでは決してない
仏さまのように
ただ
しずかに
震えるこころと手で
子を助けてやろうと
最後の最後まで
見守ってくれた
もしも
親子の関係に
苦しむ人がいるなら
あなたの苦しみは
そのまま
親の苦しみであることを伝えたい
あなたに矛先を向けて
こころの刃を向けているようで
親も
いまだ飲み込めない苦しみに
もがいているのだと
成長して立派になったから
親になるわけでもなく
親になったから成長し立派になる
とも
限らない
沈黙という怒りを
しばらく溜め込んでは
爆発させていたママの
標的は
もっぱら
パパだったけれど…
どちらも
とてもかわいそうだった
けれど
わたしたちは三人で!☺️
少し年が離れてたから
姉上さまは一足先に大人になって
スポンサーになって!
いろいろいっぱい食べたり
本やお洋服買ってくれたり
子どもの世界を作ってくれて
アホな親の軋轢から
救いだしてくれた…
あの頃三人で占拠して
ごろごろしてた緑色の応接セット❗
あんな古いものまで…
パパは取ってたのだ
一体どこに?どうやって??
忽然と姿を現し
腰が抜けるかと思った
でも…
懐かし過ぎて
思わず座って…
捨てられなかったパパの気持ちも
わかった
親を理解しなくていい
親にわかってもらわなくていい
ただ
こころがけるべきは
素直になること…
かなあ
言葉でしか
伝えられないこともある
おしまいは
みんな失うから
そこまでに
伝えられるうちに!
本当の気持ちを
しずかに
おだやかに
自分を見つめて
伝えられたならいいね…
お手紙でもよいよ
電話でも…
生死のはざま
その時がやってくるまで
生きなくちゃいけない宿命だから
いつか
伝わるように…
祈る
祈っています
生涯
子どもの
ひとりぽっち…
出家もあきらめた
コロナの今の
これからの自分を
生きる自信や
希望を
見つけてもいなくて
それでも
姉上さまのお世話になって
ひとりでは生きていないよわさ
その
申し訳なさを
そのまま
素直に伝えて
とにかく
一生懸命生きる
それだけはできているから…
ありがとう😿
最後にも
生きててよかった! って
そう思いたいな
シーちゃん😼
さくら咲く町にかへりて
散りゆくを
知ってくださるか
君ひとりは
今日の短歌です…☺️
ありがとう
お花を買いに行って
風に吹かれ
歩いたら😃
寒気…😣
スースー風が通り抜けるニット
危険!
コロナから
守られて
ほんの少しでも
ゆっくり
自分の時間見つけて
休んで…
お元気に
ご無事にいてください☺️
かならず!
ありがとう
また
明日
おやすみなさい