シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

母ねむる

今年も

素晴らしい

立派な

 

公園の桜は

見にゆかず

 

近寄るもできず

散ってしまった

 

 

こちらに帰るまえから

見ていない

最後は…

 

パパママ元気な頃

もうずいぶんまえ

 

 

桜の頃には

施設にいたママのお見舞いは

歩く道をかえて

桜並木を行った

 

田舎は完全車社会

だあれも歩いていなくて

たったひとり

桜の木々の下

 

見上げて

どきどきして

 

向かう

ママのいるところ

 

手には

朝つくった水ようかん

桜の花🌸みたいな

淡いさくらいろの

ガラスの器を選び

 

ママが見たら

おやつ!

ってわかる

いつものお弁当の

かわいいバッグに詰めて

 

保冷剤入れて

大切に抱えて

歩いて行った

ひとり

 

どこまでも

ひとり

 

いつか

あの道

あの満開の桜並木

 

ふたたび

歩くこと

あるかなあ…

 

 

葬儀

逃走して…

 

納骨も

見ていない

 

今年になって

お寺へも

お墓へも行っていない

行けなくなった

 

こわいんだ

何が

こわいか…

わかんない

けど

 

こわい

 

 

病んでいるかなあ…

 

かなしいおもい

しただけ

 

つらいことが

つづいてしまっただけ

 

わかってしまっただけ

 

おもうけれど…

 

 

眠ることにした

昼夜逆転恐怖と

たたかってたら

壊れそうだから…

 

人は

かならず

眠らなくちゃ

生きてゆけないんだから

眠ろう

 

眠ってね

隙あらば…

 

 

いつ眠るの?

って

 

いつもこちらが

患者のわたしが

心配になってしまう入院先の先生

 

病で

亡くなったときいた時

 

桜の花

浮かんだ

 

退院して

通院中に

 

 もうすぐ桜が咲くからね!

 

言ってくれた

 

ありがとう…

 

 

 

日本人の死生観に

潔し

を尊し

とするものがあった時代

 

時代に抗えず

散りゆくなら

いっそ

潔く

なんて

 

かなしすぎるね

シーちゃん😿

 

 

つなげたテレビで

 

研修医のドラマ録画してる

原作者?

の先生が帯書いてた本

何度も読み返している…

 

今の時代にも

ヤのつく集団もどき?な

怒号が飛び交う現場では

ないこと

祈りたい…

 

 

みんな

勇気をもって

希望をもって

 

自分の道を

自分らしく

歩いてゆけたらいいなあ…

 

 

アラヒトガミ

なんて信じたわけじゃない

 

神を

 

天上の

存在を

信じて

 

その身を捧げたのだろう…

そして

愛する人

守るために…

 

いちばん

かなしいことだけど

 

また

戦争は

くりかえされているけれど

 

正しいことが

愛が

 

かなうことを

信じて

祈ろう…

 

 

生きている今日

 

ありがとう…

 

 

  母ねむる

  わたしもねむる

  時ゆきて

  ムラサキシキブ朽ちてかろらか

 

 

今日の短歌です…☺️

 

ありがとう

 

まだ

居間の

ママが眠っていたところで

眠っている…

 

お隣の仏間の

唐獅子の香炉の

台座のうえには

 

ムラサキシキブの枝

 

ママのために

姉上さまのつれあいさんが

手折ってくれたものだ

実がついているまま

 

朽ちて

うつくしい

 

 

唐獅子の香炉は

パパのお気に入りで

 

パパが丹精した小木は

つれあいさんの山に植えてもらったって

 

 

みんな

いつか

ねむる…

 

 

今日が終わる

 

今夜も

無事にいてください

 

一日

一日

かならず

無事に…

 

平和な夜に

なりますように☺️

 

祈っています

 

 

ありがとう

 

また

明日

 

おやすみなさい