シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

宣告

ゆうべ

真夜中

いつものラジオ

 

どこかのお医者さんのインタビュー

 

消化器外科医らしい

眠気が

すこしとんだ

 

ステージⅣで胃がんが見つかったという

 

現在もお元気!

 

もう現役ではないけれど

大学病院の院長になった年に見つかったらしい

 

結果としては

現在まで

胃がん治療から二十年近くを元気に!

無事に生きておられるのだけれど

 

見つかった当初は

何にもしないで

仕事の引き継ぎだけは滞りなく済ませたい

そんな覚悟をしたのだという

 

けれど

告知から一週間が過ぎて

気持ちが

がらりと変わったという

 

自分が診た同様の病状の患者さんたちを

思うように救えなかったことの無念さと

医師としての責任が

ふつふつとわいてきた

という…

 

やれることは

この身をもって

すべて試してやろう

一転

積極的治療に方向転換して

 

いまも

お元気でおられる

 

 

途中の経過を聞きながら

パパのたどった道すじを

ゆっくり

もう一度

ふりかえっていた…

 

何しろ

突然の病の発覚

そして

 

告知の

宣告が

わたしにはつらいものだった

 

もう少し

言い様を考えてほしいなあ…

おもった

 

あっけにとられた

 

 

姉上さまも

同じように違和感を感じたって

いちばん

つらいのはパパだけれど…

 

パパは

想像とは違い

立派!!だった

 

少なくとも

そのように

わたしと弟の前では

毅然と

堂々と!!

ふるまって見せていた

 

驚き

 

不憫さとで

 

わたしが

いたたまれなくなった

 

 

つらくて

無理にあかるくするのは

あの時始まったのだった…

 

逃亡??

したりもして

 

弟はわたしを

一生ゆるさないらしい

一生忘れない

って

 

できる治療がなくなって

最期に近づいてゆき

転院して

 

わたしは

しばらくをいっしょに過ごすことを

姉上さまに許してもらって

パパと二人で

個室の病室

真っ暗!!にして

 

夜も

語り合った

 

毒を吐く

砂を吐くように語るパパ…😧

 

聴いて

聴いて

やっぱり

 

最期の時は

たいそう

立派なパパだった…

 

 

あの

不意討ちの

宣告

ばっさり!!と来た言葉

 

あのことも

いつか

忘れられるんだろうか

 

 

夏の終わり…

一気に夜は涼しくなって

また

歩いた

 

夏物の始末していて

あれ?

これ来年着れる??

生きてる???😶

などと

おもうのだった

 

 

けれど

真夜中のインタビューには

こころづよいもの

もらった…😃

 

 

ありがとう

 

 

笑う

って

 

笑顔って

よいなあ

 

そのお医者さんは

始終

笑っているお声だった…

 

どうか

お元気に…☺️

 

ありがとう

 

 

世界が平和になってくれますように!

 

 

 

今日は無事に終わりますか?

倒れていないこと

お元気に

笑顔でいてくれること!☺️

祈っています

 

 

かならず

かならず!

無事にいて…

 

 

今夜も

うつくしいお月さま🌔です

 

 

ありがとう

 

また

明日

 

おやすみなさい