にんげん
人間って
意味は
ひとと
ひとの
あいだで
ひととかかわり社会を構成して
なにほどかの寄与をすることを
期待されるものとしてのひと
にんげんかなあ…?まだ
って
そう
おもったとしても
しようのないいまなんだ
ひと
争ったり
ひと
戦争したり
ひと
こころ
波立って
嵐がきたり
どうにもしようなく
それら
くりかえしたり
そうでなかったら
宗教は
無かったのかなあ…
自分ひとりの
自分のこころの
嵐
ならば…
泣いても
こわくても
こらえよう
と
おもっていたら
東田直樹さん
自分が情けなくて
ただ泣きたいときがある
と知ってほしいのです
と
つぶやいてくれていた
南無阿弥陀佛
くりかえして
ただ
うつらうつらして
朝
南無阿弥陀佛
と
ありがとう
と
起きられた
食べて
へとへとで
すこしだけ
と
からだ
のばして
お洗濯して
食べて…
申し訳無さ
後ろめたさ
ずっと
いっしょだ
捨てられないのも
手をかけられないものも
どうにもしようがなくなって
見ただけで
おびえてしまうように…
恐怖も
ある
入ってもゆけなくなって
ちかづいても心臓ばくばく…
どうしようっておもうまでにも
たどりつけない恐怖きて
触れられないもの
ある
ふえる
こわい
自分
こわい
考えると
わっ…と
大泣きしたいような…
それでも
生きてる
生きてるよ
生きていて
食べられて
申し訳無いほど食べて
ごめんなさい
だけになっても
生きて
生きている…
って
ありがとう…って
くりかえしている
南無阿弥陀佛
申す
嵐
やりすごすんだ
と
自分の
こころの嵐
ただじっと見ている自分にも
ありがとう…
言う
言ってる
なんにもできなくなるなあ
きっと
ほんとうに
ほんとうに…
なにひとつも
きっと
できなくなる…って
ものすごいこわい
捨てられない捨てたら?のものたち
くりかえし洗って
やっぱり使えないとなって
ようやく捨てる仕度していた
申し訳無さ
後ろめたさとの
せめぎあい
捨てるということ
ひとのもの
家族だけど
だれかのもの
捨てる
ということ
ごめんなさいばっかりだ
朽ちてしまったのは
わたしのせいかなあ…って
わたしのせい…が
つながってしまう
ただ
ただ
ごめんなさいってなる
ごめんなさい…
生きて
めざめられた
ありがとう
と
お念仏
申す
南無阿弥陀佛
なにひとつするにも
南無阿弥陀佛
ありがとう
つなげてた
ありがとう
ごめんなさい…
ニュースたえきらなくなってきたけど
戦争の
いま
聞く
手をあわせる
ごめんなさい…って
すぎて食べる悪にも
おねえちゃんにも…
ありがとうと
ごめんなさいと
南無阿弥陀佛
手をあわせる
戦争が終わりますように
世界が平和になりますように
肩隠す手よ
弥陀の手と手をあわす
南無阿弥陀佛
南無阿弥陀佛
気候きびしい
いのち
きびしい
死にたくなったらどうしたらよいの
というような
男性のブログがあった…
嵐
きて
どんなに
荒れても
吹きすさんでも
ただ
泣いても
嵐
ひとり
じっと
やりすごすこと
かなえられるように…
お祈りした
真夜中
明け方ちかく
とても寒くて
知らず
お布団かけなおしてて
目がさめた
すぐ
南無阿弥陀佛
南無阿弥陀佛
お念仏
つなげてた
阿弥陀さまの手かなあ…って
ママの手かなあ…って
ありがとうと
うとうと…
たとえ
もはや
にんげん
の
くくり
とは
いえないとしも…
ひと
おしまいまで
ひと
生きていよう
ありがとうと
いま
生きて
祈る
夜
こえて
こえてゆこう
かならず
こえられて
明日
かならず
つなげていただけるように
無事に
無事にいてください
かならず
かならず
無事にいてください
ありがとう
また
明日
おやすみなさい