シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

うづむひと

働いてない者わたし

食べてならない者わたし

なのに…

 

南無阿弥陀

 

ごめんなさいと食べ

ありがとうと食べて

なお

むさぼりするならば

 

南無阿弥陀

南無阿弥陀

ただ

わびる

 

よわい

愚か悪

五観の偈

どんなにおとなえしても

むさぼりとなる食によって

ごめんなさいとありがとうと

生きていられる

 

ものの値段が上がって

いっそう悪とおもう

一切は

おねえちゃんのおかげ

 

食べられない者わたしが

食べてもゆるされるもの

いったいなんだろう…と

どんどんへんてこりんになったご飯

お買い物

ひきこもりになって

なかなかゆけなくなって

とうとう冷蔵庫も壊れた

 

なんにも動けないいまも

こころには病が一面

真っ暗に覆いかけている

 

まずは病だ

そうして

ひとのようにだ…

 

あたりまえのひとのように

そこからなんだ…となってゆく

ひきこもり

 

突破口なんて無い

 

知らされつづけて

たどりついたお念仏だ

 

南無阿弥陀

 

ただ

お念仏

つなぐ

 

南無阿弥陀

生きている

生きて

いま

ありがとうしか無いなあ

 

南無阿弥陀

ありがとうきりつなげて

 

あみだほとけ

たすけたまえ

こころから

まことの救い

念ずる

 

起きられたよシ-ちゃん…朝だよ

パパママおはよう

ありがとう

おねえちゃんありがとう

 

朝は

生きていられるいま

ただ

有り難い朝

 

朝の冷え

冷えほてりで

寒くて暑くて

浮腫みもあって

気化した殺虫剤の吸い込み

まだ抜けてくれなくてくるしい

 

南無阿弥陀

 

お念仏と水まわりお掃除

神仏のお仕度する

お祈りする

 

神さま稲荷大神ほとけさまに

ほんのり甘い大豆煮豆お供えして

掃き掃除した

ずっと

できなくなっていたママのお部屋

一所懸命に掃いた

もの始末までの体力なかったので

ごめんなさい

ほんとうにごめんなさいママと

手をあわせて終えた

 

掃き掃除したあと

いにしえの言葉も文学も

仏教無しには意味をなさないくらい

密に仏教とともにあったのだなあと

そうおもって胸がいっぱいになった

 

そういうことおもうたび

こんなおもいだれかと

たったひとりのだれか

いてくれて

 

わくわく

どきどきしながら

伝えたり教えてもらったり

かなうわたしであったらなあ…とおもう

 

おもうたび

おねえちゃんに

みんな伝えていたなあと

そうしてわたし生きていたんだ

ここに生まれて

生きてこられた…と

泣けた

 

泣いて

また

お経おとなえしていた

 

あみださまに

たどりつくのを

かなえていただいたのは

きっと

愚か

よわさ

病も

 

すべて

あって

すべてが

このいま

ありがとうと

お経おとなえしていた

 

 

死にたくないということだろう

愚か悪わたしが

むさぼりにつなぐだけ

 

生きたい

生きたい…

 

生きよ

生きよ…

 

まことのこころに

つなげてもらったんだ

 

南無阿弥陀

 

 

戦争のラジオ番組を聞く

なんにも知らないわたし

知らされつづける

ごめんなさいと聞く

 

お盆も

お寺お墓ゆけないわたしが

仏教徒であろうはずもなく

わびる

 

たった

一歩も

こわい

おっかないことならば

いっぱいあったけれど

 

そういうわたしであったから

いま

 

曹洞宗の檀信徒のための心得

パパが取ってあった小冊子を

繰った

時間はいのちとあった

ここにもあったか…と

哲学の言葉じゃないかと

しばらく読んだ

 

古い小冊子

それでもまだ

曹洞宗という

なにかはわからない

名誉や誇りみたいなもの

勢いとでもいうか…危うさなのか

今日は感ぜられ

くるしくなった

 

本読めるわたしでなくなってるなあ…

しんみりしていた

 

おんなじ時代かそれ以前かの

もうすでに

この国のひとびとの仏教離れ

心底から危惧していた対談集

あって

だいすきな先生と

だいすきな作家の対談で

本読めるわたしが遠くて

 

なにひとつも遠くて

 

どうしてか

名も残さずに

果てたお坊様を

おもっていた

 

だれにも名前あって

残す残さないでなく

ひとり

ひとり

ひと

 

戦争

それさえ

無くする

 

いにしえの出家は

貧しさ弱さ病さえ

洩らさずうけたお寺さんがあったという…

 

そんな

ひとりの

うづむひと

そういうお坊様

あって

いま

 

そう

有り難いことだなあと

 

むさぼりきりも止むように…

 

お祈りした

 

南無阿弥陀

 

時間はいのちと言って

いまぎりのいのちとあった小冊子

いま曹洞宗

いま

仏教は…

 

なんにも知らないわたし

ごめんなさい

 

 

おねえちゃんのおかげで

ここにもつなげられてあった仏教のおかげで

いま

きり

でも

生きていられるいま

 

お浄土のひとに

パパママに

 

おねえちゃんに

 

ほとけさまに

 

ありがとうした

 

 

いま

つらい

くるしいいまさえ

希望

ある

 

生きてあるということ

 

生きて…

生きて…

 

祈っていた

 

祈らせてください

 

 

戦争が終わりますように

 

世界が平和になりますように

 

 

 名も誉れ徳も無き僧埋づむ今

 南無阿弥陀

 南無阿弥陀

 

 なもほまれとくもなきそううづむいま

 なむあみだぶつ

 なむあみだぶつ

 

 

くるしくて

たまらない…

そういうわたしになった

 

食べたいもの

無くてならないもの

あっても

もう十分

 

食べてならない

手に入れてならないと

ごめんなさいとなるんだけど

ほんとう

そういうわたしなんだなあ

 

パパ

ママ

 

ごめんなさい

 

おねえちゃん

ごめんなさい

 

 

生きる意味も値打ちも無く

お片付けもの始末さえもすすまず

申し訳ない

 

伝える勇気もなくなって

おっかないばかりになって

ごめんなさい

 

祈ってくれているひとも…

ごめんなさい

 

 

わたしに祈らせてくれている

ほとけさまに

ありがとうと

祈る

 

祈らせてください

 

つなげず

祈る者でいさせてください

 

 

倒れていないこと

ただ祈ります

ただ

無事

祈っています

 

祈らせてください

 

 

無事に

かならずこえられて

 

明日

かならず

無事につなげていただくように

祈っています

 

 

ありがとう

 

 

また

明日

 

 

おやすみなさい