シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

生きている

恥ずかしい…もの知らぬ自分

恥じる

 

きっと短歌だって

いにしえの言葉つかってる風?だ…

いっぱいまちがってるねえママ…って

 

恥ずかしいならば学ぶこと

なのに

本も読めない

字も追えない

 

南無阿弥陀

 

ゲームしない

動画もみない

アニメもみないわたし

むかしからずっとそうだ

映画もあんまりみない

 

それから

音楽それも

やっぱり偏っていて

もう読めない聴けない

 

まんがはだいすきだったんだけど

弟に

お前まだまんがみてんの?…

 

って言ってもらえたおかげで

恥ずかしくなって

さっぱりと

みなくて平気に…ありがとう…

 

お酒…飲みすぎてないように

お水もカリウムもいっしょに…って

眠れているように…って

転んでないように…って

ずっと

ずっと

祈っているなあパパママ

 

あのとき

いのちつながってくれたから

生きてこられたわたしだなあ…ねえママ

パパママふたり泣いたよねえ…

いまも夢にみるんだよわたし

 

ママ

あの一件?弟飲み過ぎから生還??

気がつかなかったら…とか?あれで

わたしには霊感あるみたいに勘違いしたママ

ママ

ママ…

 

ママに会いたい

 

ママって

まだ呼んでいる

パパもおじいちゃんも

おじちゃんも…

もうすぐお彼岸

くるしいよ

馬鹿だよ

 

邪見のもの

わたし恥じるよ

恥ずかしくてわびているばかりで

ごめんなさい

 

でも

邪見のものわたしから

離れたひとたちには

さいわいとなって

 

しあわせでいて

そう祈っている

 

祈らせてください…って

 

南無阿弥陀

 

 

生きている報告って言って

ここに

生きている

生きている

って

ずっと書いてきたはじめは

やっぱり孤独

 

ママがいてくれてたのに…

おそろしい孤独きたっけママ

それは

ママはママの

わたしはわたしの孤独で

 

生きている

なんて

さもさも自力に生きているように書いていた

恥ずかしい…

 

生きていること自慢みたいにしてた

ごめんなさい

 

そうやって迷って

血迷って?書いて

書いて書いて…恥ずかしいけど

いま

身動き取れないいまも書いてて

ごめんなさい

 

 

たどりつくこと

かなえていただいたのは

 

南無阿弥陀

 

お念仏する自分だ

 

南無阿弥陀

 

南無阿弥陀

 

 

病に

生に

向かえない?

 

向かってゆく

というならば

 

たたかいじゃないか…

 

あって

いまだ…シーちゃん

って独り言したら声がでない

 

起きられない朝つなげられてく

いまのわたしの生きていること

 

くるしくてはらはらのどきどきの

いま

これだって

ありがとうばかりの

生きていることなんだ

 

ぜんぶ

一切他力なんだ

ごめんなさい

 

ただいまいまとつなげられて

ただ慈悲に他力に

つなげられて

生きている

いま

 

いま

いのちだなあ…パパママ

 

南無阿弥陀

 

大相撲聞いてたお仏壇のまえ

パパママおねえちゃん弟

おもって

おもっていた

 

貧乏アパートに猫二匹とわたし

お仏壇のない猫二匹との生活

あのときも

祈るわたしだった

 

お祈りの棚があって…猫二匹

猫なんだもの…お祈りの棚に

のぼってもおりても叱らない

 

猫はむかしからひととともに

あるときには神さまともされて…

いやただの猫好き猫馬鹿

二匹は

ものひとつ落とさず…

 

猫おもっていたら

 

ママで

こころいっぱいになってた

嘘?

ママの

かわいい嘘きた

 

わたしは猫だいきらい!っていう

大嘘だ

ほんとうは猫好き猫馬鹿だった

 

パパとわたしは猫拾うひとだから

牽制と抑止と…

 

そういう嘘は

食べものにも…それは

かわいいというよりは

切なくて

泣けてしまう嘘だったねえママ

 

種明かししてくれたのもママだ

 

おいしくても大ご馳走ならば

うちのいつものおもう存分食べるに

ちょっと足らないようなものならば…かならず

わたしはすきでないからと

ちょっぴり取って残りを

パパにわたしたちこどもに

おばあちゃんに…

 

南無阿弥陀

 

南無阿弥陀

 

いっぱい食べたよ…今日も

馬鹿でごめんよ

お買い物ゆけてないのにほんとうに馬鹿だよママ

どこまでも馬鹿だ

悪だよわたしママ

 

恥ずかしいわたしにも

ほとけさまいてくれる

 

このわたしの内に

いてくれる

 

ママも…

 

ありがとうと

ただ生きていてごめんなさいだけど

生かしていただいているという言い方

いかすって…ものみたいで

生かされて

も…うーん…ってなる自分

 

横になって背中のばすより

しようなくなってしまった

おもう祈るばかりのわたし

 

ママおもう

パパおもう

 

おねえちゃんおもう…

ごめんなさい

ありがとうと

ただ

おもう

 

いのちは

いま

 

生きるは

いま

 

みんなおんなじだなあ…ママ

 

 

ママが

死んでく…?じわりじわりと…

いまは

死んでくいまなの?

って

おっかなくて

身構えてたんだ

愚かさは恐怖だ

 

あの

孤独

さみしさ

おねえちゃんに伝えていたんだった

 

おねえちゃん

 

ママがいっしょだからさみしくないよ

お返事くれて…

 

恥じた

まだ恥ずかしい

ずっと

生死といたつもりで

 

時間はいのち?なんて

知ったように書いてたり

いっぱいまちがっていたここ

いまもまちがっているんだろう

 

恥ずかしい…恥ずかしい…

 

タイパなんて言葉

一生つかうこと無い言葉

自分には

とうてい縁の無い遠い言葉

つかってないんだけどきたりしていた

 

ねうち

無いわたしの

生きる

生きているきり

いまきりの

生きる

 

慈悲にすがっているんだ…

おねえちゃん

ごめんなさい

 

ありがとう

 

 

いま

 

ありがとう…

 

ごめんなさい

 

 

生きている

 

いま

 

 

祈らせてください

 

 

 

戦争が終わりますように

 

世界が平和になりますように

 

 

 

 いみじかる心清しき父母ありて

 生くはただ生く

 南無阿弥陀

 

 いみじかるこころきよしきぶもありて

 いくはただいく

 なむあみだぶつ

 

 

 

素晴らしい旅立ちしてくれた

パパママ

おねえちゃんのおかげだ

弟家族いてくれたおかげ

 

ご先祖さまがいてくれたおかげ

 

 

釈迦弥陀のいてくれたおかげ

神仏のいてくれた

この国のおかげ

 

ここにも

祈りとあったパパママのおかげ

すべて

 

すべて

あって

 

いま

 

いま

ある

 

いまきりの

不足ない

いま

 

生きて

ある

いま

 

いまきりは

うまれたときからだ

 

死も

 

生きるは

生死とある

この

いま

 

生きているものはすべて

知らない死

知ることかなえられ無い

死だ…

 

南無阿弥陀

 

南無阿弥陀

 

 

迷って迷って迷っても

ずっとずっとこころ

生死とあって

まちがってもまちがっても

ぐるぐる闇にのまれても

生きていると

伝えてこられた

 

一切他力

 

ごめんなさい…

 

ありがとう…

 

ありがとう

 

 

背中丸くして書いていた

馬鹿だ

 

孤独

ひと

みな

孤独

ましてやわたし…馬鹿ですまない

悪と

知らされてゆくばかりの

いま

 

 

邪見のものにも

つながってくれていたお念仏

ありがとう

ただ

祈る夜

 

 

ごめんなさい

 

南無阿弥陀

 

祈らせてください…

 

 

 

夜かならず

かならず無事に終わって

しずかに終わってくれて

 

明日

無事に

かならず

かならず

めざめられて

 

いちにち無事に

あたえていただくように

 

祈らせてください

 

 

 

かならず

 

かならず

無事にいてください

 

 

 

ありがとう

 

 

 

また

明日

 

 

 

おやすみなさい