シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

便利の恐怖

パニックと言うんだな

たぶん

恐怖の爆発みたいな

きたか…きたか…

 

生きているよ

生きている

 

なんにもかなえられなくなっても

外がただの一歩もこわくなっても

お家のお掃除する

掃き掃除拭き掃除する

しもやけが破れそうでもかまわない

ごめんなさい…こわくてごめん

 

ありがとう…ありがとう…お家

壊れないでいてくれてありがとう…

パパママ

おねえちゃん

ありがとう

 

お片付けもの始末が

かなえられないから

一見

なんだ?散らかり放題?の

馬鹿みたいなお掃除だなあ

 

生きているから

自分のことはなにひとつも

にんげんじゃないみたいな

いまだからお掃除する

いまあるきり

 

最上

最高

いまきりも

恐怖の爆発も

生きているいまだから

ただ

ただ

ありがとうのお掃除なんだなあ

 

役は

なんだ…わたしの

生きてならないいのち生きて

食べてならないいのち食べて

生きて

迷惑かけるわたしの

役とは

 

なんにも

かなえられなくなったわたしとは

ごめんなさいしか無いんだ

 

お片付けがかなえられなくなっても

ものたちはひとつも

屑とおもわない

いまも

いままでも

 

糞だ

屑だ

ひと

おもうことはない

おもったことない

 

おもわれたことならば?わからないけど

いっぱいあるかもだなあ…

いま

たとえだれかに

 

糞屑死ね

いなくなれと

おもわれようと言われようと

 

どんな意気地無しでも生きろ

そんな詩を読んだ

郷土のこちらの詩人

じぐなし

意気地無しは

こちらでは…じぐなし

 

じぐなしでも

だれにも復讐はしないという詩だ…

 

大事だからなあ…わたし…シーちゃん

 

わたしだもの糞で屑

それら無用の要らぬものならば

真っ先に要らぬものはわたしだ

 

ものたちじゃないわたしだなあ

 

愛する家族のものたちだと

また始末かなわないものを見渡してた

お掃除と

食べるで

もう夜

 

糞屑ならば

大事なものだ…

 

便利

とは元の意味は

用便にかかるときのこと

そうだと知ったのは

ただ偶然

うわ!って

有り難いとなった

 

便利いっぱい手放すよりなかったお家

もたもたの

ふらふらの

役立たずがさらに不便役立たずになって

生きていてごめんなさいばかりになって

死にかけみたいなってたときだった…

 

おしまいは

便利に

糞に屑に

くるしまずに死んでゆけるのかなあ?

パパママおもった

 

法然さまならば手を合わせて便利?する

わたしもそうしてたけど…

お浄土と地獄の差だなあ

 

おしまいは

糞に

屑に

まみれ

生きてゆくひとだなあ…パパママ

 

猫の世話してたときは排便に悩まされて

小人になってでも猫に摘便してやりたい

代わりの手段ありとあらゆること

尽くしたけど猫は助けられなかった

 

ママのお世話の研修?摘便までも

看護師さんに教えてもらったとき

はじめての手技なのに

あっさりとかなえられ

ママが

さっぱりしたと言ってくれた

あのときの感動

まだある

うれしくて有り難くて

なんか看護師さんといっしょに

ずうっと糞便利役?のお弟子に

と願ってしまうくらい有り難くて

あのときの

天使さんたちのおだて

有り難いおだて

役不足みたいな?もっとできるよー!

みたいなおだてに涙が出て笑った

おだててくれる天使のひとたち

輝いていて

泣けた

 

無事祈る

いまも祈る

 

あのとき

こころに

手を合わせたなあ…

縁起でもない?病院で合掌ならば

こころにきりだった

こっそり

だれもいないとこでだった

 

お掃除

こころに手を合わせてお掃除

ありがとう

ただ生きていて

まだ生きていて

 

ごめんとなる馬鹿

悪わたし

ゆるしてください

 

死なないため

書いてる

ごめんなさい

 

ごめんなさいばかりだ…ごめんなさい

 

パニック?わからないけど

お仏壇のまえに手を合わせ

すこしも

心臓落ち着いて

また

ごめんなさいつなげた

お線香焚いて座っていた

 

診断なら

あらゆる診断

一生かなわないかもの

ひきこもり

病院にはゆけないまま

死んでしまうかも?

 

いまきりは

いのちは

いま

 

生きている

 

生きていま

ありがとうと祈る

 

おねえちゃんありがとう…ごめんなさい

 

パニックらしきものきて爆発的恐怖きた

でも

 

いま

 

ありがとうしかないんだ

 

 

恐怖

こわいは

にんげんの根幹

いのちつなぐ元

にんげんであるからには

生きのびるには恐怖は友

いのちつなぐ役担うことだろうになあ…

恐怖にもごめんなさいだ

 

ひと

さいわいであれ

いま

無事に平和にあれ

 

祈る

祈る資格なんて無いけれど

祈らせてください

 

戦争が終わりますように

 

世界が平和になりますように

 

 

いのち守る行動取れと

柿の木は実を収穫できないならば

すくに切れと言っているラジオ聞く

柿も

桃も栗も

何年もずっと

なんにも食べてないけど

 

贅沢している食べすぎてると

申し訳ない

へんてこりんとか言って

豆にも米にも野菜にも

ごめんと

手を合わせて食べられた

 

ありがとう

 

恐怖に

生きていたくて食べて

生きてこられた

ありがとう

 

おねえちゃん

ありがとう…

 

本が読めるわたしには

もどれたりしないなと

ふと

六法全書は?もう無いんだな…

なんで手放した?とおもった

ほんとうくるしいときにはきっと

六法全書とおもった

 

禅語でも宗教書でも無く

ましてやスピリチュアルやカルト

自己啓発本はもってのほか

きっと

なんでだか

わからないけど

六法全書とおもった

 

 

平和

かなえられる世界

 

祈る

 

生きて

生きて

 

生きていて…祈る

 

倒れていないこと

転んだりしないように

無事にいて

 

やすめて

眠れているように…祈ります

 

祈らせてください

 

祈るわたし

ゆるしてください

 

 

ありがとう

 

ごめんなさい

 

ごめんなさい

 

 

ありがとう

 

 

おやすみなさい