生だハマナスの実
中学二年の時
俺ごとイツクル奴バ
きつと復讐とてやるど思たンども
ああ俺 弱虫であたジャなア
端艇小屋の傍のハマナスの根コサ
小刀バ埋めで泣いでだネ
ああ生だハマナスの実ア苦ぐ
沖ネ白波アたてえだネ
なまだハマナスのみ
ちゅうがぐにねんのどぎ
ワごとイツクルヤヅバ
きつとケスとてやるどおもたンども
ああワ ヅグナシであたジャなア
ボートごやのそばのハマナスのねコサ
マギリバウヅめでないでだネ
ああナマだハマナスのミアニゲぐ
オギネシラナミアたてえだネ
昨日の詩
書き置こうと書いた
下のは
かな読み
こちらの言葉は難解言語なんだそうだ
いろんなアプリ開発されてるらしい
記憶はすっかりおぼろとわかった
頭は自分でも
おかしくなってるとわかるから
どんどんおかしくなるだろうと
書いて
読んで
ありがとうとなった
意気地無し
じゃなくて弱虫でヅグナシだった
シーちゃん…わたしもヅグナシだねえ
眠れていない脳みそは
ほろ酔い状態という
お医者さんの報告
ほんとうそうだと
いつもいつも気をつけてと言ってて
知らぬまに
いつのまにか
お念仏といる
づぐなし
は
わたし自分で言うとしたら
じぐなしって言うかなあ?
パパママはそう言ってたから
でも
言った記憶は無いなあ…消えてた言葉だ
こちらも
沖縄のうちなーぐちも
消えてく言葉と危惧されていて
残すための働きをしてくれてるひといる
正統?
は
もはや
だれも話していないだろう
みんな
お浄土…
いつか車のコマーシャルで
こちらの言葉をフランス語読み?
あれはどうにも
居心地わるかったなあ
セバダバマイネビョンって歌もあるみたい
ラジオで聞いた
北と南で遠く離れてるのに
沖縄のイントネーションと似ていたり
言葉は
ひとは
つながっているなあとおもう
ケスと読んでる漢字は
復讐となってるんだけど
ケスとる
だから
決闘か?
仕返しか?先生…って
書いてみておもってた
これは
少年でなかったら
それもその時代に生きてた
中学二年の男子でなければ
きっと永遠にわからないんだろうけど
おもう…ただ
おもっている
使わないけど
朗読するならば正しく読めると
声に出して読んだ
お仏壇のまえ
やっぱり詩人だ
やっぱり先生だなあ…って
なんだか
やたらと
切なくて
弱虫の泣き虫でも生きてるよ…先生
手を合わせた
ほんとう先生
パパ亡き後ママ亡き後
ひとりぽっち弱虫の泣き虫
いちにちいちにちへこたれ
もうにんげんじゃないみたいわたしの
ほんとう先生とおもう
愛するふるさと
もっと
貧しく
過酷だった時代
生死いつもここ
自分の生きるいまが
生死そのものだった時代
生死が
ぴったりと
いまと
ひたと
よりそうところだったんだなあ
知らないこと
いっぱいだけど
いまのわたしも…って
なのにわたしはなんなんだと
ごめんなさいと言って祈った
この本
忘れていられたときは
わたしはどう生きていたかなあ…パパ
言葉もこころも
こちらの歴史も
込められて
生きてる詩
くるしみも
よろこびも
かなしみも
さみしさも
生きるも死ぬも
よわさも
つよさも
悪も善も
光も影も
泣き笑いに
怒号に
慟哭に
うめきに
無言に
込めて
ぽつ
ぽつ
とつとつ
書きつづけて
生きてくれた先生だ
描かれているひとびと
いまだに
詩に生きてる
わたしの知らないわたしのふるさと
にぎやかに知らせてる
いまも
生きている
ああ…ごめんなさい…
生きているきりわたし
弱虫の泣き虫ですみません
ごめんなさいと
お仏壇のまえに読んだ
高木恭造さん
そもそも先生
もともと医者サマの先生サマだ
ふざけていない
こちらは昔はみんなそう呼んでたって
知ってるんだ
おばあちゃんたちならばかならず
医者も先生もみんなサマ付けで呼んでた
お坊さんなら
いまでもオショサマだ
満洲で医者になっている
戦争…戦争
ぐわぐわくる…胸
今日は耳鳴りがものすごく
眼が真っ赤に出血みたいに…
書かずに…っておもってたけど
生きてる報告だ
死なない報告だ…って
かちゃくちゃね…
ぐわぐわどんどん…いっぱい
わけわからないが頭いっぱいになるのを
かちゃくちゃね…って言うんだったなあ
パパママ
やっぱり使ったことないよ
おっかないって
かなしいよ…ごめんなさいって
手を合わせていた
ラジオもうダメだあ…ってなった朝
ぼうっとする世界大会?あるとか…?
日本大会開催?
ぼうっとする大切さ?
その根拠説く医師の言葉が
おっかなかった
evidence evidence
オンパレードのいまだなあ
ぼうっとしなくてはいけませんねえ…
キャスターがそう締めて終わってた
ぼうっとしないで気をつけてって
おねえちゃんによく腕を掴んでもらってたなあ
いっしょに歩くとわたしだけ
やたらにひとにぶつかるんだ
ぼうっと
で
わかったこと
通信簿の先生の言葉は
ほめてなかったんだということ
ぼうっとしています
とは
教師として親の手前書けなくて
おっとりしています
落ち着いています
あれのあとには
かならず
もっと…やればできるみたい注文付き
そうか
yes butか…って
ラジオでわかった
パパママには
なんにも言われたことない
きっと
弟に
厳しさ?集中していたんだ
弟は
たいへんだったんだな
男は
男子は
たいへん
なんにもわかっていないわたしだ…って
わかった
ごめんなさい
おねえちゃんも厳しくされてたなあ…
わたしは弱虫の泣き虫で
みそっかすで
免れてた
おねえちゃんには
伝えなくちゃならないことあるのに…
ごめんなさい
また
こわいが
恐怖がきた
泣いたら
ねずみ?すごい音…っておもってたら
ものすごい雨だった
また地震も…
イツクル
は
いじくる?
でもこの詩では
ちょっかい以上のことだとおもわれる
そんな生やさしいものじゃないだろう
でも
きっと
いまみたいいじめではなくて…
こらえてくれたんだなあ
そうじゃなければ
小刀を埋めたりしないねえパパ
ハマナスの実を噛んで
歯噛みして泣いて
海風に吹かれて
泣いて
それでも
生きて
学校だって一所懸命通い通したんだろう
づぐなし
なんかじゃない
昔のひと
こちらの男子
マギリって
小刀はいつも持ってたんだろう
昔のにんげんは手を使ったから
ちいさい頃から手を使って
なんでも
手を足を使って生きていたから
また縫い物がかなうかなあ…わたしママ
詩
これからは
もしかしたらAIが書いてるのを
我が詩としててもあたりまえで
なんの不思議無い時代になった
現に小説家も歌人も
AIに書かせてみたとか
どっからAIだかわかんなくなったよって
ラジオで告白していたのを聞いて驚いた
詩も短歌もつくれなくなって
なんにもかなえられなくなって
詩は
短歌は
こころ
弱虫の泣き虫でも
生きているきりも
こころを
見つめて…まことのこころを見つめて
こらえられるように…
平和
かなえられるように…
自分に言った
祈らせてください
戦争が終わりますように
世界が平和になりますように
熊警報延長されてた
星みるのに夜歩いてったところにも
熊が…
満天の星ならば
つい数年まえ?みえていた
街灯も少ない小高いところ
ただ歩いてたわたし
いったいなにおもってたかなあ
真冬の星ぼしならば
パパの病院行った帰りに
ずっと
いつまでも見てたんだよ…パパ
もう
あんな遠くには…いや
一歩さえも
おっかなくても
生きてこられた
生きている
生きてる
いま
明日も朝も
みえない
いまきり
お正月まで生きてられたら…?
眠れないなら酔っ払いならば
御神酒の日本酒を新しくして
熱燗にして
パパと
お浄土の友と
飲んじゃおうかなあ…?パパ
とか
無理だ…酒粕も
ぐるぐるしてやめたんだ
ミルクラムとか言って
ホットミルクにラムたらりと入れたのが
ほんとうだいすきだったのになあ…
パパと
おしまいのお酒
おちょこに一杯でも
飲んでたらよかったなあ…ごめん
くっつきたがってたパパ
もっとくっついて
昔みたいにくっつていたらよかった
ごめんなさい
いま
いっしょにいる
こころに
いっしょに生きてる
いま
生きているきりも
いま
雨
まだ
雨だ
また冬
こわいけど
なにひとつも
恐怖になるんだけど
いま
いま…生きてる
ありがとう
ごめんなさい
無事を祈らせてください
ただ
無事祈ります
倒れないで
転ばないで
無事であるように
いま
おだやかに
無事であるように
祈らせてください
かならず
無事にいてください
ごめんなさい
ごめんなさい
ありがとう
おやすみなさい