シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

しぬもんでねど

シヌモンデネド

死ぬもんでねど

 

いぎろ

イギロ

生ぎろ

 

高木恭造の詩に

いっぱいいっぱい込められた

生きろ

それは

まるで

真実の祈りだ

 

まことの道の

祈り

 

けがず

ケガズ

という凶作の飢饉や

男イダコのうたもあった

 

鬼門とされた本州の果て

大和から都から

三千坊がおくられたという

それらお坊さんたちは

いったいどんなおもいと北の果て

目指してやって来てくれたかなあ…

 

そんな末裔かなあ…お家のオショサマ

 

カルトならば

金銭で位が上がるのだな

ニュース聞いてた昨日は

お寺お墓もゆけない自分

罰当たり自分なんだけど

昔むかしから

カルトだけは

どんな集団も

真っ先に危機感知する恐怖心あることに

有り難い…有り難い…となった

 

恐怖支配という

その恐怖の泥沼

抜けるのは困難を極め

一度抜けても

また戻るひとが多いのだという

 

救われるはず無い泥沼

わかっていても

抜けられないのは

 

また

戻るのは…

 

ニュースが

ただ

ただ痛ましい

殺されたひとの配布したマスクは

まだある…捨てられないんだ

 

生きているべきでないとおもった

という

 

ひと

もう

ずいぶんまえに

精神の成熟は七掛けといわれてたけど

絶望して傷ついた年齢のまま

そこからの七掛けなら?

いったいいま

いくつだろう…って

祈りと

聞いた

 

絡みあった

精神

不幸にも

多く未熟なまま

複雑に交差して

いつしか

断絶して

絶望

堆積してしまう

 

何度も

くりかえし

見せられてゆく世界

 

 

金と言わない坊主

まともなお坊さんの見極め

教えてくれていた禅僧の本

そこに垣間見えるのは

 

曹洞宗

仏教界の

闇ともとれる

理不尽や

 

仏道

人道的にも

どうなんだろうと

わたしみたい罰当たりまでもが

はらはら心配になる

隔絶された世界だったりするんだ

 

まったき宗教の入口

消えてゆくところで…

もしも

そうであるとしても

 

お寺お墓

ゆけるわたしでありたかった

 

パパ

ママ

おねえちゃん

ごめんなさい

 

いまも

ずっと

ただごめんなさいと

祈るきりのわたしだ

 

ごめんなさい

ごめんなさい

お仏壇のまえ

ただ

ずっと

座る

 

 

お寺さんたち

だれもどこも

自坊の維持や生活に悩んで忙しい

寺を持たないお坊さんたちならば

宗派の裾野をひろげるのに忙しい

 

わかっていたつもりでも

やっぱり

とっても

かなしい

 

でも

 

もう

絶望と

言わない

 

なんでお坊さんになってくれたのか?

そうも

おもわない

 

ひとを助けてあげたいひと

もし

いるとして

 

お坊さんになろうというならば

 

まず

自らを救ってあげてほしい

ずっとずっと

自分

自ら自分を

救いつづけてあげてください

 

まず

自分が救われていなかったならば

おもう

ひとり

 

たったひとり

ひとりぽっちでも

自分を救うということ

 

死なないこと

 

ひと

殺さないこと

 

肉体だけでなく

肉体はただ器で

 

精神

こころ

 

死なず

 

殺さない

 

自分を

他人を

殺さないこと

 

まず

いま

生きてあること

 

 

生きている

 

生きているいま

 

生きている自分

 

いまきりのいま

 

それでも

絶望とは

言わないよ…ありがとうだよ…

シーちゃん…起きられた

 

ごめんなさいと

懺悔に

生きろ

 

生きて

祈ろうと

起きられた

 

ごめんなさいばかりの

祈る資格無いわたしに

祈ること

ゆるしてください

 

戦争が終わりますように

 

世界が平和になりますように

 

 

目がわるい

耳もわるくした

基礎疾患も歯科も

新たな病の

塊も

 

どこにも

まったく

ゆけない自分

いまの

自分だ

 

生きて

いま

 

いま

ある

有り難い自分

他力に生きて

いま

 

ありがとう

 

 

生きている

このいま

さいわい

 

希望

 

おねえちゃんの

パパママの

ご先祖さまの

 

神仏の

おかげ

 

ありがとう

 

ごめんなさい

 

 

 刃にも見ゆ月影の説く道や

 南無阿弥陀

 南無阿弥陀

 

 やひばにもみゆつきかげのとくみちや

 なむあみだぶつ

 なむあみだぶつ

 

 

眠たくて

寒くて

ただ

祈る

 

 

そうだ…敬愛するひと

永田和宏さん

猫を飼ってた…

 

相変わらずお酒を飲んで

お料理いっぱい作って

猫との会話が

 

亡くなった奥様

河野裕子さんとの

おしゃべりとなってた

 

河野が

河野が

生きてる奥様と

ぴったり寄り添って

ときどきは涙ぐみながら微笑んで

 

ああ…恋

永遠の恋だ…と

 

ありがとうと

録画しといて消せなかった番組みた

 

永遠の恋になるんだな…って

亡くなっても

永田和宏さんのなかに生きて

恋しつづけてくれてるんだと

 

泣いたり

笑ったりしながら見れた…

 

すっかり猫爺ちゃん?な短歌

 

うんちでました

よかったね

 

短歌も猫を通して

河野裕子さんに

捧げられていると

うれしかった

 

男のひとは

永田和宏さんは

照れ臭くて猫爺にでもならないと

亡き妻という自分とも語れないのか

って

微笑ましくおもった

 

永遠の恋になるんだなあ

亡くなったひととならば

永遠に恋するって

 

ママ

おもった

ママずっと

パパパパ言ってた

だから

パパが

ここにいると

そうしていっしょにいたんだけど

よかったって

うれしかった

 

もう飼えないけど

 

みんなみんなお浄土だけど

猫にも話しかけて

ママといて

パパといて

友といて

 

いま

黙って

お念仏こころにしていても

ずっと

ずっと

いっしょ

 

そういえば

王さんも

長嶋さんと生きてくれてたよ…パパ

 

ありがとう

 

ごめんなさい

罰当たりだよ…ごめん

 

生きてるよ

いちにち

生きてたよ

 

ありがとう

 

 

 

かならず無事にいて…

 

かならず

無事にと祈ります

 

倒れないように

転ばないよう気をつけて

冬も

お水も飲んで

 

無事にいてくれるように

 

祈ります

 

祈らせてください

 

 

かならず

無事にいてください

 

 

ごめんなさい

 

ごめんなさい

 

 

ありがとう

 

 

おやすみなさい