おまいさんしかできないんだぞ!
お家の
お片付けは
お前の役と
パパがわたしに言ってくれた言葉
かなえられないいまは
ごめんなさいしかない
生きていてごめんなさいとなる…
恐怖は
なにひとつも
あたりまえでなくしてしまうんだ…パパ
ごめん…ごめんね…と起きられた
壊れた冷蔵庫は極寒に冷えて
パパママの冷蔵庫だから
まいにちおもうこと
この言葉に
いたるまえには…パパ
怒りまくっていたんだなあ…って
冷蔵庫の腐りかけのものも
捨てるもかなわず
動かしただけで
怒鳴っていた
南無阿弥陀佛
南無阿弥陀佛
南無阿弥陀佛
雪にも
なすすべ無く恐怖して
祈るきり
いまきり
本が読める
とは
わたしには
大事なこと…
いま
読めない
それどころか…と
恐怖に壊れた脳みその
無力を
またおもう愚か
ママのお世話させてもらっていたときさえ
一分二分をつなげて本を読んでいたなあと
また先人たちの祈りの短歌と
陸羯南の本ぱらりと繰っても
恐怖がくるんだ…
冷蔵庫にも
買い置きも
なにひとつも
腐らせるものは無く食べられていること
こんな恐怖のいまでも
かなえられていて
ママの
おばあちゃんたちの
ご先祖さまのおかげ
おねえちゃんのおかげ
いっぱい食べて
ふとるほど食べられても
四十代以降に体重を減らしたら
筋肉も減らしてしまって
骨もよわくするんだ…
ふとれるは
さいわい
五観の偈
ありがとう…
ありがとう…
ありがとう…
いただきます…と
ありがとうと
いっぱい食べられた
風邪は発熱にはなっていないけど
また耳は聴こえわるくした?
まだ聴こえてるよ…って
ラジオ聞いた
生きている
生きている
南無阿弥陀佛
ありがとうに
いちにちはつなげられてゆく
祈りは
お念仏つなげ
祈りは
平和の祈りとなる
生きている…
ブログも
そこからだったんだなあ
あの
中村哲さんの事件あって
あのとき
中村哲さんの本読んでいて…
生きている
生きている
ママとわたしと
おねえちゃんの支えのおかげで
いま
ここに
生きている
生きているいま
有り難いいま
生きていると
ありがとうと
ママに
自分に
パパご先祖さまお浄土のひとに
言っていたあのとき
パパおしまいに
わたしに言っていたことと
奇妙につなげられた事件
暴力は
戦時下には
あたりまえになるって
おっかないことばっかり教えてもらっていた
つらかった…弱虫
陰惨な話はただ恐怖だったんだけど
ずっといっしょにいて聞いていた
パパは…と
あのときもやっぱり
死に向かうパパと
あわれんでしまったんだけど
聞いて
聞いて聞いているうち
病状は深刻になっても
パパのこころは
不思議と
あかるくなって…
生きているんだ
ずっと
ひと
おしまいまで
生きているんだってわかった
パパに
ごめんね…って
わたしの道とはなに…
おのれの道とは…と
自分に問う今日
恐怖にも
打ち勝て無くとも
祈る
祈るんだ…
南無阿弥陀佛
腐らせずに食べきるんだ…
一所懸命にお野菜の始末をしていた
生きるは
ひとの
生きるは
苦には違いないのだけれども…
いま
このいま
ただつなぐいまは
なんという幸福だ…って
生きていると
伝えたかったんだ…いまも
ひと
生きるもの
って
生きている
って…
ママは
死に向かっていなかった
パパは
死に向かっていなかった
にんげんは
死に向かっていない
生きているいまは
いま
死ぬとも
いのち
すべてに
等しいいま
それだけ
わかって…いま
祈るんだ
戦場に生きて
恐怖に生きているひとびとの
いま
祈る
よわさに
恐怖に
生きる
いま
祈る
祈る
いま
戦争が終わりますように
世界が平和になりますように
見えざる手が少しづつ自由を統制し
しづかに変貌する資本主義
「天下の常道を履む者は、縦令(たとい)一時の功なきも永遠に継続して
愈(いよいよ)鞏固を致(い)たすべし」
陸羯南の言葉
書いてゆこう
あまりにも予言のようないまが
くりかえされてしまった愚行の
歴史であるとしても
この国は
かならず
平和の国
平和の道
つなぐ国と
信ずる
祈る
恐怖して祈る祈り
ごめんなさい
ごめんなさい
どこも
みんな
みんな
無事にいてください
雪も風もしずかに
無事
祈ります
倒れないで
転ばないで
怪我無く
大事無く
火の元に気をつけて
無事にいてください
かならず
かならず
無事にいてください
祈るきり…ごめんなさい
祈らせてください
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ありがとう
ありがとう
ありがとう
おやすみなさい