シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

命懸けの途中ならば

迷い

あるうちは

 

真に

ひたすら

一所懸命

とも

 

ましてや

 

命懸け

とは

 

ならないだろうなあ…

 

効無く

夕方になって

 

もう

お汁のお仕度しよう

となって

おもった

 

厳密には

命懸け

とも

言えなくもないけれど

 

それは

単に

 

逃げ

というだけの意味で

 

もしくは

体質虚弱

それだけ

って

 

猛烈

落ちやすくなってて…

 

それでも

お祈りに

救われてるよ

シーちゃん

って

 

ふと

いつか

気の迷いで

 

保護猫の子

ほしい病になったときに

 

姉上さまに

反対してもらって

覚醒してて…

 

ほんとうに

よかったなあ…

って

 

 

姉上さまに

 

天国の猫たちに

ありがとう…

って

 

祈る

 

明日は

ないかも

いつも

 

いつでも

おもっているのになあ

 

煩悩

って

こういうことか

 

きっと

救おう

 

深い深い煩悩だ

わかってきた

 

救ったつもりのものたちも

そのほとんどを捨てている…

 

いま

しか

ない危うさ

だけど…

 

これから

仮に

考えられる

 

いや

 

考えなくてはならぬ

そのとき

 

確実に

やってくるのだなあ…

 

ああ

中途で

終わりそうだなあ

 

この中途半端は

どうしたものか…

おもったら

 

捨てやすいように調えておく

のも

一手

 

もっと

いよいよ

落ちてしまって

 

いよいよ体力も消えたならば

 

さっと

捨てられるようになってたら

それは

わたしに限らず

 

誰にとっても楽

 

そうして

 

そのような有り様であるなら

 

ああ

途中なのだな

すっかりきれいまでは

やりおおせなかったか…

 

姉上さまか

弟か

 

のこされたものには

そうと

わかってもらえるなあ

 

 

この

おもいに

至れたのは

 

やっぱり

道元さまの言葉だ

 

 

一本でも

立ててあって

そうして

そのまま果てたとしても

 

のちの

ひとびとも

完成はしなかった

と見るだろう

 

思い立って始めたことが

実現しないとしても

心を残すことはない

 

いっこうに気にすることはない

 

と…

 

そうなってくると

 

ますます

ネズミに

ありがとう

言いたくなってた

 

けっこうなものを

捨てて捨ててきていたけれど

 

あの

ネズミからの

もの捨ては

まったく

異質だ

って

 

必死

 

ほんとうは

できるのになあ…

とも

おもうんだけど…

 

 

 

いつも

お釈迦さま

道元さま

證空さま

 

助けていただいてるなあ

 

しみじみと

お仏壇のまえに

座っていた

 

ありがとう

祈る

 

 

姉上さまに

ささえてもらい

守ってもらって

できたことだなあ

って

 

ありがとう

祈ってた

 

 

ありがとう

 

 

 

求めたい

その

こころ

あるけれど…

 

ずっと

あるのだけれど

 

ほとけの

みおしえに

ならうなら

 

すっきりと

手放して

 

それから

こころなのだろうなあ

おもった

 

 

ここを

わが草庵として

 

いちにち

いちにち

 

邪念も

捨てようと

 

ちいさく

ちいさく

つなげてきたけれど

 

おもいたったこと

だけでも

 

ありがたく

ありがたく

おもえてきた

 

不思議と

どこからか

つながってくれていた

縁も

あったのだから

 

まもられて

いま

ある

よろこび

 

ただ

かみしめて

 

味わって…

 

おしまいの

そのとき

まで

ゆこう

 

ありがとう

ゆこう

 

 

ありがとう

 

 

 

平和の道は

一本に

 

かならず

つながっている

 

信じ

 

祈ります

 

 

 

今日

いま

無事に

祈ります

 

 

かならず

 

かならず

無事にいてください

 

倒れていませんように…

 

 

ありがとう

 

 

また

明日

 

 

おやすみなさい