ひと
生きねばならぬのは
うまれてこられたから
うまれ
老いて
病み
死へ
その
道のりに
老いや
病が
絶望や
敵対など
負の感情へ
誰も
ゆくことの
ないように
と
祈る
ただ
もと
あったところへと
ただ
かえりつく
という
その
道が
平和に
おだやかに
と
祈る
それら
おそろしい負の感情
争いや
戦争
テロ
膨大な
負のエネルギーと
なってしまってる…
ひとが
ひと
裁きつづけてるなあ
寿命
まっとうできず
いたましく
うしなわれる
いのち
どこも
いらいらと
ひとが
ひとを
裁きつづけてるんだ
って
なんにも
なんにも
見れず
でも
新聞
ぜんたい
きちんと
読み終えた
ありがとう…
魂か
こころ
か
やがて
おかえしする
寿命
という終着
そこまでは
一寸の
さきも
わからないまま
いま
いま
と
一所懸命
一所懸命
生きてゆき
おかえしする
だけなんだなあ…
シーちゃん
って
お祈りした
お寺さんから
もう
届くことない
曹洞宗宝暦という小冊子
お家に残る
いちばん
あたらしいものの
住職の新年の挨拶
たいへん
立派な
ありがたい文言が
つらなっていた…
お墓のこと
お寺
ゆけないこと
一瞬も
おもわぬときはなくて…
はればれとした
こころで
この足で
また
おまいりゆける
そんなときが
来るかなあ…
って
ごめんなさい
と
ごめんなさい
ありがとう
と
ありがとう
いっぱい
いっぱい
つなげて
お祈りした
カーテン越しに
日当たりに向けていた頬だけ
じんじん
痛む
明るさ
もとめて
その下で
もの始末してたのだ
午後には
すっかり
全身が
だるく
ぐったりとしてしまった…
それでも
生きてるなあ…って
ありがとうだなあ
って
泣きたいきもちに
なったけど
ぐっと
こらえられて
お祈り
つなぐ
もの始末のあとは
お仏壇のまえに座って
たのしみ
よろこび
やすらぎ
とも
なってくれる
お針
ちくちく
手縫いになったお針
救う
ひとつの
はぎれつないで
斜めがけの頭陀袋?
途中
だったのを
ようやっと
ちくちくした
ささやかな
やさしくて
いとおしい
よろこびだ
おばあちゃんも
ママも
愛した
お針だ…
と
どこまでも
この
身に
つながってくれているもの
ばかりなんだなあ…
と
おもった
ただ
ありがとう
と
伝えようと
お祈りした
よかれ
とも
おもわず
よきことを為せという…
そうでなくては
悪
という…
宗門
寺
まもらなくてならぬ
くるしみ
あるだろうなあ…
って
けれども
お祖師さまがたは
ことに
ここに
つながってくださった
道元さま
その
兄上
證空さま
まったく
まったく
きよらか
それら
すべて
手放して
きよらかに
まどかに
そうして
つよく
お祈りくださったのだなあ
と
ありがたく
お祈りした
もしも
ささやかにも
つたなくも…
ねがって
ねがってよい
と
するならば…
おかえししてゆくこと
が
生きるということなのだから
懺悔して…
懺悔して…
ありがとう
つなげて
懺悔して…
往生
お祈りして
ねがっても
ゆるされるのかなあ…
って
祈っていた
ちくちく
お針した
ありがとう
眠れているように…
食べられて
できるだけ
やすんでいるように…
いま
こころ
おだやかにいてくれるように…
ただ
無事
ただ
祈ります
かならず
かならず
無事にいてください
ありがとう
また
明日
おやすみなさい