シーちゃんと

時々はシーちゃんとこっそり泣こう

ちっぽけな

福島の

南相馬の菜種油を食べてた

 

そのうち

スーパーの棚から

消えた…

なんでも

売れ行きの都合

らしかった

 

 

南相馬のお坊さんの法話

曹洞宗のサイトで

聴いて…

 

ウクライナとロシア

戦争のこと

 

原発のこと

 

核のこと…

 

北方四島

真実のこと

 

考えるともなく考え

ぐわんぐわん…

突然なんかが

猛烈に

重たくなった

 

わたしって

この冬のことも

あるのか?ないのか…

そもそも

 

生きてるのか?

 

考えられていないんだな

そうおもって

 

泣きたくなった

だから

また今日も

少し動いた

 

 

お洗濯は続行して

 

今日やったら

死にたくなりそうな予感?してくる

いつものお片付け

もの捨て準備

今日のところは

いさぎよく中止した

 

 

南相馬のお寺

 

お寺の被害も

放射線の被害も甚大で…

 

 

一度は避難して

 

また

もどり

 

お坊さんの報告によれば

自分で考えた発電機器で

電力をほぼ賄っていた

 

それから

どうしてかブログは

途絶えてた

 

 

身を粉にして

こころ砕いて

よせて

 

檀家さんたちや地域住民

南相馬

 

福島

 

日本

 

 

世界

 

地球のために…

 

祈り

 

行動していた

 

 

お坊さんが

できること

つなげて

 

つながって

 

とんでもなくがんばってて…

 

 

震えてくる

 

 

自分の

無力や

ちっぽけさ

ちっぽけも

ちゃんと生きれてない…

 

 

東日本大震災からの

自分は…

 

 

それまでの

祈りが

ただ

幸福へと向いているだけの

わがままなもの

気づいた

 

絶望

やってきた…

厭世観というのか

 

記憶が欠けたところもある

きっと

ふらふらと

ふらふらでも

必死には生きてたとおもう…

 

困難や

かなしみ

その質量が

変わったとおもえた

 

 

死なない

死にたくならない

というところまで

自分を

たてなおすのにも

 

しばらく時間かかった

 

 

その年

ママに

号泣された…

 

パパママふたりの

死を語られ

葬儀の段取りを指南指示され

 

縁起でもない…

言うまもなく

 

突然

哭かれた

 

まだ

パパもママも

ふたりとも元気

病は

重大なものは

見つかっていなかったのに

 

予感してた?

ママは

パパとわたしたち子どものことばかり

おもっていた

 

わたし

 

なんて

ちっぽけ…

とおもった

 

自分に幻滅しつづけてるかなあ

絶望と言いながら

いつでも

希望はあるのに!

 

閉じこもる…

 

わたし

いざ

自分のこと

ひとつすると

 

罪悪感におそわれてしまうのだ

 

食べる

以外は

お掃除お片付け

 

祈りと

読書

っていう

いま

 

 

祈りは

ひたすらになったけれど

依然

ちっぽけなまんまの自分

 

身動きとれない自分

今日

 

いま…

 

ただ

 

ただ

祈る

 

座る…

 

そういう時間と

生き延びたんだなあ

 

いまおもえば…

だけど…

 

 

追い込み

だったんだなあって

昨日わかった

歩くのも

走るのも

 

苦行?みたいな

 

 

それしなくちゃ

生きてられなくはない

いま

 

太っても

食べても

罪悪感に

死にたくはならない

いま

 

これは

これで

しあわせで

 

こえてはきたんだ…

シーちゃんに言った

 

 

東日本大震災の時には

まだ

最後の猫といた…

 

いのちは

あずかるいのちは

めちゃくちゃ重い

猫で

ちっちゃな痩せた猫一匹に

知らされた

 

あったかい

いのち

抱っこして

抱っこして…

 

猫も

天国へ行った

 

 

パパママも…

 

 

仏さま

 

大好きな

やさしい

阿弥陀さま

 

ゆっくり

息するように

 

いっしょに

生きててくれるように

おもうのだ

 

おもいつめて出家を考えた頃は

道元さまのストイック!一辺倒…

痩せこけても

追い込んで…

 

持ってる本の

大好きな

阿弥陀さまも

曹洞宗だから

いけないんじゃ?

とか…

 

 

出家の

まえに

 

祈り

あって

仏さま

あって

 

そうやって

やっと生きてきた

子どものわたしを

 

よびもどしてくれたのは

 

パパママ

を機に

 

やっぱり

仏さまなんだな

おもう

 

 

かなしいことも

本質は

弱さで

 

ちっぽけなことだ

 

 

どんな

こわい一日も

いつでも

ここに

わたしに

 

生きているわたしの

この内に

すでに

祈り

あること

 

気づけば

すでに

あったこと

 

ありがとう…

って

祈った

 

 

もう

なにがなんだかわかんないくらい

もたもたの

ふらふらで

 

やっぱり

お片付けはしよう!

という

着地

 

 

なんか

泣きながら考えすぎて

泣きながらネズミ襲来の

あと片付けし始めたところから

 

生きてるのか?

ただ

死にゆくための生なのか?

わけがわからなくなってしまってた

 

かなしくなるのは

そりゃ

仕方ない

家族のもの捨てなくちゃならない

って

つらいことに違いないもの

 

 

生死

離れて

生きよ

という…

 

 

ちっぽけで

よきことも

できないのならば

 

離れよう

 

つくりながら

悪とは

おもわずにいる愚かさ

 

離れられますように…

 

 

戦争が終わりますように

 

世界が平和になりますように

 

 

もう

なにもほしくないなあ…

 

ちっぽけな

ささいな平和

 

ひとつ

 

一日

 

かなうとよいなあ

 

 

壊れた原発

廃炉

 

核の廃絶

そのまえに

 

戦争に使われないこと

戦争が

終わること

 

地続きの

助け合える隣国もない

小さな島国が

できること…

 

 

ちっぽけな

自分が

できること…

 

 

道元さまは

立派なのに

厳格で

がんじがらめ!

なんて

 

自分で自分しばり

追い込んでたなあ

 

ごめんなさい…

 

 

祈りは

つながる

 

つながってゆく

 

 

つながってたよ…

 

ありがとう

 

 

緑茶ごりごり粉にすって

葉っぱ!まるごと!!

のお茶

夜も飲んで

 

うっかり

きな粉じゃなくスキムミルク投入…

 

おいしかった!

 

ありがとう

 

今夜は

ちっぽけな

ちっぽけな

いのちの誕生

知って

うれしかった!

ありがとう…

 

泣くし…

 

 

散った

 

たくさん花びら飛んできた

 

ありがとう

ごめんね…

ありがとう

ごめんね…

掃いて

 

手で

集めた

 

 

嵐の風は

おさまった

 

ありがとう…

祈る夜

 

 

擦りきれるほど

使われた細帯

 

古い古い荘厳道具のようで

 

捨てられなくて…

 

洗って

 

 

また

 

雨の夜…

 

 

ゆっくり

ぐっすり

眠れたらよいね

 

祈って…

 

眠ろう

 

 

今夜も

かならず

かならず

無事に…!

 

ありがとう

 

 

また

明日

 

 

おやすみなさい